等価交換で成り立っている世

 

私と桃水の出会いのお話

 

ー また一緒に生まれてたんだ ー

 

言葉にはしなかったけれど桃水はそう考えていたらしい。

 

そんな出会いの瞬間のことは今でも覚えていて、

私は一瞬、不思議な感覚に襲われていたので『おっ・・・』て感じの。

 

あまりにも美しい彼女の外見に見惚れてしまったのかな…とその時は単純に思っていた。

そう、彼女の美しさは漫画レベル。

テレビでお見掛けする霊能者の方だとかの色んなイメージを覆すほどに。

絶世の美女、そんな言葉がぴったりの容姿を備えている。

 

綺麗な人~と圧倒されてしまったその瞬間こそ、

今世にて対面を果たした数百年ぶりの再会だった。

もちろん私は覚えてないけどね。

 

 

そんな美しい人と私なんかが仲良くなるなんて想像もしてなかったのに、

なぜか気が付けば側にいて、私たちは親交を深めていった。

 

基本的に、

彼女は霊能力のことを人に語らない。

商売にもしていないし、霊視が趣味というわけでもない。

だから日頃は使うこともないものというのが彼女にとっての自分の能力。

 

なぜか私だけは能力の恩恵にあやかれている。

それは何故?と問われれば、

『私だから』としか言いようのない繋がりが二人にはあるらしい。

 

いつの世に出会っても青虫ちゃんは私の側にいてくれる。

どんな境遇だろうが変わらず支えになってくれている。

あなたがいたから生き延びることが出来た時代もある。

この能力は青虫ちゃんが使うものだと既に決まっている。

その対価は前世、そのまた前世、幾多の時代で私は支払って貰っている。

 

 

そうは言ってくれているけれど、

私の方こそ彼女には様々なことを教えて貰った。

 

人生は±0プラマイゼロなのだということも。

魂の歴史を遡っても、全てプラマイゼロで成り立っているということを。

等価交換は絶対の摂理だということを。

貰ったらその分を返す。

それは存在するモノにとっては避けては通れない真理だと。

それをしない者は不適合者として世をさまようことになる。

 

『私は貰ったモノを返しているだけであって、私が出来ることがこんな事だった』

 

この時代、この時、このタイミングでの再開はただの必然でしかないということ。

 

だから自然と惹かれあい私達は語り合うんだろう。

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